日曜日



 朝、まだ薄暗いうちに目が覚めた。少し冷えるようであったがあまり感じない。首筋に手をやると、かすかに汗で湿っていた。からだから発散したアルコールが部屋中にたちこめているような気がする。立ち上がると少しフラついた。

 廊下に出ると両側に並んだ扉は明かりが消えてひっそりとし、その内に人が寝ている気配さえ感じない。

 便所の戸を引くと、大きな蝿が二匹、ブンブンと裸電球のまわりを飛びまわっていた。用を足しながら、目の前の窓から、高台の下の、ぼんやりした街灯に照らされた住宅地を眺めた。どの窓にも明かりはない。まだ真新しい門柱のそばに乗り捨てられたように置いてある小さな三輪車がなぜか私の目を射た。

 部屋に帰り、布団に仰向けになって視点の定まらぬ目を天井に向けていると、つくづくと、自分は一人ぼっちだ、という想いが無機的な感傷めいて込みあげてきた。大学に入って以来ずっと一人暮らしだったのに、そんな想いにとらわれるようになったのはこの頃のことである。大学時代の一人ぼっちはおそらく通過駅の風景だったが、今はもう終着の駅に着いてしまって、そこに居を定めなければならない場所での現実ということであろうか。

 私はふと、本で読んだある話を思い出した。自己像幻視(ドッペルゲンガー)という、恐ろしい、しかし今の私には何か魅惑的な物語であった。

 人里離れた山の中に長い間一人暮らしをしている男がいた。ある夕方、いつものように仕事を終えて自分の家に帰ってみると、玄関があいていて中に明かりがついている。入ってみると、一人のなんだか見慣れたような男がお膳の前に向こうむきになって御飯を食べていた。驚いて、誰だ、と大声を出すと、その男は箸も置かずに、ゆっくりと振りむいた。その顔を見た途端、彼の顔は紙のように蒼白になったという。そこで御飯を食べていたのは、他でもない彼自身であったのだ。そして一度そんな自分自身の姿を見てしまった者は、その翌朝必ず死んでいるのが発見されたという。

 子供の頃、私は恐がりであった。そのくせ怖しい話を読んだり聞いたりするのは好きで、その結果、夜、暗い便所に一人で行けず、家の者によくわらわれたものであった。

 ところが大学に入って一人で下宿するようになってから、そんな感覚が私から全くなくなった。どんなに遅い時間、どんなに暗い道を一人で歩いても平気であった。みんなの寝静まった時刻、頭を冷やしに、下宿の近くにあった、昼でも薄暗い神社の森に散歩に行ったこともあった。係累から解放されて一人になった私は、それまで自分の身にまとわりついていたものを一切脱ぎすてたような気分になっていた。どんな場所にいても自分は一人であると思った。たとえ人の怖れる深夜の神社の森の中にいても、そこにいるのはまぎれもなく自分一人であれば、そんな私の周りには幽霊など出現しようもない、と思った。

 今でも時々、そんな風になった自分が訝しくなって、夜寝る前にうがいをする時など、自分一人しかいないはずのこの部屋に、誰かもう一人、自分の背後を窺っているのではないかと思ってみたりする。すると、頭を下げてうがい水を吐き出している自分のすぐうしろに誰かの手が近づいてくる気配がし、背筋が思わずぞくっとする。そこで、水を浴びたような恐怖に胸を震えさせつつ、何かしらの期侍とともにおそるおそる顔をあげて、目の前の鏡に映っているはずの怖しい形相の人物を覗き見るのであるが、その時そこに見出すのは、もちろん、そんな心の中の緊迫とは全く無縁な、おどろくほど間の抜けた自分自身の顔なのであった。

「自意識が幽霊を見るのだ」

 幼い頃から自分につきまとっていた感覚を、私はこのことばの中に総括した。以後、このことばを念仏のように心の中で唱えることによって、私のそばからいわれのない恐怖は一切その姿を消した。

 しかし、自己像幻視の怪談はそんな私の虚を衝くものであった。それは「自意識が幽霊を見る」という私の命題の具現化そのものに他ならなかった。そのうえ、こういう話独特のある種の飛躍のもとに、不吉な結末までつけ加えてある。いかにも自分の今の状況に酷似した、実際に起り得そうな話であった。

 もし私の精神が健康なものであれば、私は恐怖したかもしれない。いや、それ以前に、健全な常識がそれをも排除したであろう。だが今の私は、ひそかに、実際には全くありえないことだという常識の堅固さに依拠しつつ、そんな怪談の渦中に自分がまきこまれることを願望していた。

 時折り私は、じっと目をつぶり、今自分がいるこの部屋で、その同じ場面が起っているところを頭の中に思い浮かべてみた。真暗らな眼蓋の裏が、その真ん中から徐々に明るくなって、その中に誰もいない自分の部屋が現出しはじめると、私はその中に自分の姿を登場させようと努力した。そうしてやっとそこに自分が現れると、今度はその自分が、いま念じている自分の意識の引力圏を脱して、意識に対して思いがけない不意打ちを食らわすほどに、その実在感を増すのをじっと待った。

 私の〈念想〉はいつもここで一頓挫した。それでもじっとがまんしてそのままの〈念像〉を維持していくと、いつしか、目の奥の、頭蓋の芯に近い部分に重いしびれを感じはじめることがあった。そんな時、そのしびれが脳髄を伝播して、まさに頭の中いっぱいに充ちあふれんとした時、眼蓋の下にあるもう一枚の眼蓋がパッと開いて、そこに、こちらの動揺に対して全く無頓着な、いかにもあっけらかんとした、完全に他者と化した自分の姿が一瞬、強く焼き込まれた写真のように陰影鋭く現われた。その途端、一切を無に帰するかのような真っ黒い闇がみるみる拡がって、ああ、自分はいま死ぬんだな、といやにのんびりした声を残しつつ、暗い暗い底へと消えていく自分を感じた。いつしか、この想念は私の入眠儀式のひとつになっていたのである。

 再び目がさめると、カーテンを閉め忘れた窓から強い光線がまともに差し込んでいた。その角度からみて、もう正午に近い時刻にちがいない。近頃、こんなに遅くまで眠っていたのは珍しいことであった。もうすっかりアルコールは抜けていたが、頭はぼおっとしている。私はあおむけに寝たまま、しばらくぼんやりと霞んだ部屋の中を眺めていた。

 焦点のあわぬ近視眼の視界には、部屋いっぱいに入りこんだ光が空中のいろいろなものにあたって散乱し、輪郭のぼやけた家具や本棚や天井の枡目模様などが、氾濫する暖かい春の光に溶かされ、まぶしいばかりに膨張していた。私はそのまま枕もとを探って眼鏡をとり、思い切り手を伸して顔の真上にかかげた。それから少しずつそれを近づけてくると、そこだけ焦点のあった明瞭な像で、大きく湾曲した部屋全体が、すっぽりとその楕円形の凹レンズの中に収まっていた。それを見つめながら更に手前に近づけてくると、凹レンズ内の世界はゆっくりと歪みを修正しながらクローズアップされ、ついには外の世界と一体化した。それとともに、それまで粒子状の光が奔放に躍り狂っていた燦然たる光景は消えてなくなり、いつもの見慣れた薄汚ない部屋のたたずまいがあった。私は漠然とそれを見ながら、自分はこれまで光学的につくられた〈まがいもの〉の世界を生きてきたのではないのか、とふと思った。

 窓を開けると、生温かい、まさしく春の風がさっと吹きこんでくる。それとともにアパート中から賑やかな、ときめいた話し声が伝ってきた。

 ああ、今日は日曜日だったのだ。

 会社勤めの若い女性の多いこのアパートの住人たちは朝の洗濯をすませて、これから勇躍、遊びに出かけるのであろう。そんな華やいだ空気に促されるように、私は急いで顔を洗うと、外に出た。

 だらだら道の坂を下って大通りに出ると、久しぶりの暖かい陽光に誘い出された人々の明るい服装の色が目につく。その横の線路をゴオーと音をたてて、満員の客を乗せた電車が走って行った。そのいっぱいに開け放った窓という窓すべてから、やっと春らしい春を迎えて、湧きあがる歓びを抑えきれぬようなざわめきの声がこぼれ散っているようだ。

 私はそんな流れに逆行するように大通りを横切って、やや狭い横道に入った。

 電車の次の駅には某私立大学があり、このあたりにもそこの学生がたくさん住んでいて、一帯が何となく大学生の街みたいな雰囲気にあった。この辺の食堂もほとんどが彼らを相手にしたものであった。それらの店はたいてい、値段の安さ、ボリュームとともに親身なサービスというものに重点を置いていた。店の主人は誰もが気さくで人なつっこく、顔なじみの客相手にいろいろ世間話をしかけ、客もそれに答えて、なごやかで遠慮のない、いわゆる家族的な雰囲気で食事をするという風になっていた。

 ここに移った当座は、私もそのような店でよく食事をした。そのうちに顔なじみになり、そんな団欒の中に誘いこまれるようにもなった。しかし、私にはそれが重荷でしようがなかった。

 もはや大学生ではない私は、他の大部分の常連客とは年齢のうえでもいくらか差があったが、それ以上にそういった中に入れない自分を感じていた。学生時代はむしろそんな雰囲気が好きな位であったのが、学生でなくなるとともに、自分の属すべき目に見えない共同体から放逐され、それとともに一種甘味のあるそういう繋がりから一切無縁な存在となってしまったような気がしていた。私はあらゆる種類の店において、常連という立場にたたされることを忌んだ。その時示される、商売気をわずかばかり超えた好意のようなものが私には面映ゆくてたまらなかったし、なによりも、まるで指名手配された犯罪者のように、スポットライトで照らし出されるようなことになるのを恐怖していた。私はただただ、自分が群衆の中に埋没した一人であることを望んでいた。そんな私がこれから昼食をとりに行こうとしている店は、たまたま見つけた、そんな私にはぴったりのところであった。

 まだ三十前後と思われる夫婦者が営む洋風の定食屋であったが、二人ともこういう商売に似ず無口な、こちらから話しかけると逆に顔を赤らめるという位で、そんなところに私は好感をもった。私がはじめて入ったその数日前に開店したばかりで、以後、いつ行ってもそれほど混んではいなかった。しかしその料理はどこかの大きな店で鍛えられたらしい本格的なもので、値段の割りには豪華で、いかにも心のこもった感じがした。だから日とともに少しずつ客もふえ、その中には私が何回か見た顔もあったが、彼らも決して常連顔をしてはいなかった。店の中の雰囲気がそういうものとなじまないようにできていたのだ。

 私はひそかに隅っこの二人掛けのテーブルを自分の指定席と決めて、そこに坐り、毎週きちんと新刊の入る何種類かの週刊誌のひとつをひろげながら夕食を食べた。時にはビールを注文して、ゆっくりそれを飲み、本やテレビを見ながら長居することもあったが、そんな時、客が私ひとりであっても、経営者夫婦は調理カウンターの奥にひっそりと控えて、何ら私のくつろぎを邪魔することはなかった。そして、帰り際の、ありがとうございました、というどこかの訛りの感じられる声を背に店を出る時、私はいつも、自分の奥底にたまった垢がすっかり洗い流されているような気がした。

 昼食を終えた私は少し歩いてみようと思った。いつもの気持のくさくさした時の散歩とはちがって、今日は人並みに春の陽気に誘われたものであった。

 とくにあてもなく足の向くままにブラブラ歩いていくと、いつか静まりかえった屋敷町に入っていた。高い塀が続き、その中の鬱蒼と繁った樹々の奥深くに大きな瓦屋根がほの見えるような大邸宅がいくつも並んでいた。ほとんど人通りはなく、どこかでさえずる鳥の声だけが聞こえてくる。一体こんな家にはどんな人が住んでいるのだろうか、と思うと同時に、私は小さい頃によく読んだ乱歩の少年小説を思いうかべた。そこではきまって、ちょうどこのような屋敷町が舞台で、人通りのない道を不思議な素振りの怪老人が歩いている。それを見つけた主人公の少年が、興味をそそられ、あとを尾行していくうちに怪しげな洋館造りの屋敷に誘いこまれて、そこで世にも怖しいことに出会う、というのが発端になっていた。

 私は座興に、ちょうどそれらと同じような所を歩いている自分が、それと同じ不思議な境遇にめぐりあわせることを夢想した。と、その時、ずっと向こうの角から誰かが出てきた。もちろん怪老人ではなく、気軽なセーター姿の中年の男であった。しかも小学生位の男の子を連れている。どうせあてのない散歩だ。私はその親子連れに私の夢想を託した。

 さいわい彼らの行き先は私がやってきたのとは全く反対の方向であった。由緒深げな屋敷町をすぎると、色とりどりの瓦屋根と白塗りの壁のぱっと明るい、目をさすような新興住宅地となった。どの家も、鉄製の低い格子塀の向こうに花壇や芝生のあるこじんまりとした庭をもっていて、そこでは白日の下、幼い子供を交えた一家団欒がくりひろげられている。久しぶりのさわやかな春の風をいっぱい新築の家に吸わせるために開け放たれた窓には、純白のレースのカーテンがひらひらとなびき、全ての家の玄関横にはピカピカに磨きあげられた乗用車が、宝物のように収まっていた。

 そんな家がずらりと並んだ見事なまでの画一性は、個々の家のもつお伽話めいた違和性をきれいに帳消しにして、不思議に安定した秩序をもたらしているようだった。みんな絵からそのまま抜け出てきたような理想のマイホーム生活の晴れがましさに、どこか赤面しながらも、その秩序に同調してしまうことによって、これこそ幸わせというものだ、と日夜自分に言い聞かせているのではあるまいか。私にはこの町並みの、何年後何十年後の姿はとても想像できない。最新の建材を駆使した、妙に白っぽいこれら新築住宅群は、年輪というものを峻拒しているように思われた。ここには現在だけがあって、その他のものは一切存在しない。この後は、崩壊する一方である、という暗い予感さえない。強いていえば、その誕生と同じく、この町は、ある日勿然と、この地上からその姿を消してしまうのが最もふさわしい気がする。とすれば、この町に今、いかにも幸わせそうな顔で生活している人々は、もう既にこの世に現存する人間ではなくて、蜃気楼の中に浮かびあがった白昼夢の世界の人々ではないのか。

 こんな風な勝手な想像を巡しているうちに家並みが途切れ、上り坂となって急に細くなった道は、竹薮の中に入っていった。入っていくにつれて、今まで頭の上に照りつけていた太陽がかくれ、一瞬目の前が真っ暗になった。垂直ばかりの無数の直線がどこまでも伸びきって、空全体を覆いつくしてしまったのだ。

 少し冷んやりとした空気が動いて、さらさらという音をたてている。中に幾本かいくらか黒ずんだものを含む、青竹色の林立する地面はじっとりと水を含んだように柔かく、そのところどころに円錐形の筍の頭が見えていた。視線をあげて、ずっと向こうを見通そうとしたが、どこまでも深い林立には限りがない。もしもそこヘ思い切り小石を投げこんだら、それが次々と竹の幹のつるっとした膚に当たって乱反射し、カツンカツンカツンカツンという乾いた反響音が無限に連続するように思われた。

 薮の中に入りこんだ踏み分け道はますます細くなり、いくつにも分岐し、私はついに先行する親子連れの姿を見失ってしまった。ただ立ち止って耳を澄ますと、サクサクという足音がどこからか聞こえてくる。しかしそのかすかな音も、緊密な竹の幹にあたって様々に屈折し、一瞬ごとにその向きが変わって聞こえてくる。そしてそのうち、そのくるくると円環する足音が次第に遠くなって、とうとう何も聞こえなくなった。まわりはしんと静まりかえった濃密な竹の林立だけである。一瞬、迷子、ということばが私の背筋を走った。私の夢想は思いがけなくも実現したのだ。このまま私は音も光も異様に屈折してぐるぐると循環してしまうこの竹薮の中に迷いこんだまま、二度と外には出られないのではないか。私は動揺しはじめていた。

 そのあと私は立ったまま、持ってきた煙草をとり出してそれに火をつけたのを憶えている。その煙は、そのままいささかの揺れも見せずに、垂直に上へ上へと一本の青白い線となって伸びていった。そして私は歩き出したのだ。どこをどうということなく、前後左右、全く同じ景色にしか見えない薮の中を私はとにかく歩いた。その間、私の頭の中は全く空っぽであった。

 ふとわれに帰ると、私はなだらかな丘陵の項上に近いところに立っていた。竹の林立はもはやまばらであった。再びキラキラとした太陽光線が強く差しこんでいて、私の額と首筋にはじっとりと汗が滲み出していた。その私の耳には群衆の雑踏するざわめきがすでに届いており、その目の前には広々とした緑地公園と、そこに無数にうごめく人々の姿があった。

 私は、何十年かぶりに密林の奥から帰還した兵士のように、呆然とそれらの光景を眺めていた。私のすぐ前のところに池があって、若い恋人同士をのせたボートがいくつも浮かんでいる。その水面に沿って、ずうっと視線を走らせていくと、その池は勾玉のようなかたちに迂回して、その端は見えなくなっていた。そのあたりは一面芝生となっており、数えきれないほどの人々が坐ったり、寝ころんだりしている中央に、一定の周期でその姿を変える大きな噴水があった。その向こうはツツジの植え込みがもくもくと続いていて、その更に向こうにはもっと大きな芝生の広場があり、高校生ぐらいの若いグループが至るところで白いボールを両手で突きあげていた。こんな大きな公園がいつのまに出来たのだろう。このまぶしいばかりの春爛漫の世界を前に、私はまるで夢を見ているような気がしていた。そしておそるおそる、折角のその夢の世界を壊さぬよう気をつけながら、私はその中に入っていった。

 薮の中の湿った土の上をやみくもに歩きまわった私の靴には泥がいっぱいついていた。そのうえどこかで転んだのか、ズボンの膝が破れている。私はそんなひどい姿の自分を恥じた。この公園で、それぞれ自分勝手に春を楽しんでいる人々が、突然、この薄汚れた闖入者にその楽しいひとときを破られて、一斉に憎悪にみちた鋭い視線を浴びせかけるのではないか、と思った。

 しかし、実際は、人々はそんな私に全く目もくれなかった。無視する、というより、私の姿が全然目に見えぬような感じであった。私はほっと安心すると同時に、自分の存在が無色透明になってしまったのではないか、と不安に思った。

 しばらく歩いていくと、どこからか耳慣れぬ音がした。パカパカと馬の蹄のような音であったが、木立を抜けてその音のする方へ行くと、果して、何頭もの馬が狭い砂地の上をぐるぐると廻っていた。

 杭を打ち、丸太を渡した柵の内側で、青や赤の騎乗服姿を乗せた五、六頭の馬が軽い駈け足で走っていた。柵の外では全部で五十人位の人々がそれを見物している。私はその中の一人となって、草の生えた乾いた地面に腰を下した。

 馬はどれもただ走っているだけに見えたが、よく見ていると、それぞれ一定の同じコースを走っているのがわかった。騎乗者は気ままな馬をうまく操って、自分の頭の中に描いている決ったコースを走らせているらしかった。時々、馬が思わぬ方向で立ち往生したり、逆に予定コースの最後とおぼしき、低い丸木のバーをうまく跳びこすたびに、見物人から笑いが起ったり、拍手が起ったりした。

 騎乗者は家族で乗馬クラブに入っているものらしく、父親らしいのや、母親らしいの、そして若い娘たち、それに一人小学生ぐらいの女の子がいて、その女の子が見物人の中の人気の的のようであった。大きな馬に跨った小さなからだが、それでも物怖じせず、堂々と胸を張って、充分に乗りこなしている姿は幼いながらも凛々しいものがあった。

 私は、乗馬というスポーツを極めてステイタスの色濃いものと思っていた。学生時代にも馬術クラブというものがあって、そこの部員が今時珍しい、角帽、学生服にゲートル姿で悠然と大学構内を馬に乗って闊歩しているのを見たことがあった。その時私は、妙に時代を超越した、貴公子然としたその姿になぜか反発を感じた。自分には全く無縁のものだとも思った。しかしいま、大勢の見物人を前に、何を怖れることもなく、堂々と乗馬を楽しんでいる家族を見ながら、自分にもかつてはその機会があったのかもしれない、とふと思った。私は、まだ年端もいかぬうちからその機会を存分に与えられている、この家族の子供たちを羨しく思った。そして五十人の見物人の一人にすぎない自分を省みて、強い嫉妬を感じた。

 私はすっかり打ちのめされたような気分になって、その場を離れた。小さなライトバンがとまっていてパンを売っていた。私は発作的にそれをひとつ買い、少し行ったところにある木蔭に腰を下した。その近くには、幼い子供を連れた何組かの家族が、それぞれ敷き物の上に寝転がって、やや傾きかけた春の陽射しを浴びている。一人でいるのは私だけであった。

 私はパンを手にもったまま、仰向けになって、枝葉の間に見える青い空を眺めた。今にも散切れてばらばらになりそうな綿雲が風に流されて動いている。その向こうにはいくつか、大きな雲がぽっかりと浮んでいた。じっと見ていると、それらが、人の顔や動物の姿、あるいは地図で見たことのあるどこかの島のように見える。私は、いま、自分と同じようにこの雲を見て、何らかの連想に耽っている者がこの地上のどこかに何人かいるのではないか、と思った。又、何百年、何千年もの昔にも、いまと変らぬ青空に、このような雲が漂っていたのではないか、とも思った。そんな悠久の時空の中では、自分の存在など一瞬のきらめきにすぎないではないか。私はいつまでもあきずに空を眺めながら、微小な宇宙の中で悶えている自分を嗤った。

 その時、ぼそっという音が足もとでして、私の大悠の気分は破られた。何だかわからぬうちに今度は肩のあたりで音がした。はっと半身を起しかけた時、コツンと背中に何かがあたって、鈍い痛みを感じた。

 そのまま後を振り返ってみると、私の背後、二米ばかりのところに、三才位の子供が一人立っていた。その小さな両手には小石がしっかりと握りしめられている。その手がゆっくりと振りかぶられ、山なりに飛んできた石が私の腕にあたった。続いてもう一方の手を離れた石が私の目の前の地面に落ちた。

 しゃがみこんで再び足もとの小石を拾おうとしているその子供を、私は唖然として見ていた。彼はそんな私を全く意に介さぬ風であった。今度は少し近づいてきて、石を投げつけた。あっと思う間もなく、それは私の額にあたった。コツンという金属音が、皮膚を通して私の頭蓋に響いた。瞬間、私の後頭部に雷撃が走った。

「 ... っ! 」

 声にならない声が、私のまわりの空間の中を渦巻いた。一瞬、時間が止まり、私は全身に周囲の視線を感じた。明るい舞台の上に突然放り出されたように目がくらみ、何も見えなくなって、私は狼狽した。

 その時ひとりの女がやってきて、きょとんとしている子供の手をとった。それは驚くほど緩慢な動作であった。そしてそのまま手を引いて連れ去る時、母子の目が私の方に向いた。その二人の目の色は全く同じものであった。憎悪でも憐憫でも、もちろん謝罪でもなかった。それは全く信じられぬ不可解に直面し、それに当惑しきったような目であった。

 私は居たたまれぬ思いで立ち上がった。風のようにその場を去り、人のいない方に、いない方にと小走りに歩いて、こんもりと樹の繁ったあたりに来たとき、どこからか音楽が聞えてきた。私の足は吸いよせられるようにその方向へと向っていった。

 石段を登り、そして下ると、正面にコンクリート造りの舞台が見える。それを要めとして扇形に芝生が拡がり、そこに並べられたベンチに、観客が舞台を遠巻きにするように坐っていた。誰も予めこのコンサートを期待していたのではなく、たまたま通りがかってそのまま足を止めたという風で、前にいくほど空席が目立っていた。若者だけでなく、家族連れや相当の老人の姿も見え、又、後の芝生の上では子供たちが騒がしくボール遊びをしていた。

 私は、すこし横にそれたあたりに、たまたま誰も坐っていないベンチをみつけ、そこに腰を下した。大きなスピーカーがいくつか並べられた舞台では、高校生ぐらいのグループがエレキギターの演奏をしていた。彼らは一様に長い髪をしていたが、その服装は似つかわしくないほど地味なものであった。ロックを演奏しているようであったが、どの曲も比較的おとなしいものばかりで、曲が終ると客席からパラパラと拍手が起った。

 私はじっと手にもったままだったパンに気がつき、冷めきったそのホットドッグをかじりながら耳を傾けた。お世辞にも上手な演奏とはいえなかったが、大きなスピーカーから直接からだに響いてくるリズムに気持が和らぐのを覚えた。かなり翳ってきた陽は赤味を帯びはじめ、ひときわ涼しさを増したそよ風に、私は思わず眠気さえ感じた。

 舞台ではその後何回かメンバーが入れかわった。ロックの他に、フォークソング、軽いジャズ、それにクラシックめいたものまであった。顔ぶれも大学生風や勤め人、それに西洋人も何人かおり、その年令もさまざまで、明らかに五十才を超えていると思われる男がトランペットを吹いたりしていた。

 ひととおり終って、皆が席を立とうとしはじめた時、一人の黒い服を着た中年の男が、座席の最前列のあたりでマイクを持った。コンサートの主催者であるらしく、今日はおだやかな春の陽に恵まれて、皆さんと一緒に気持よく音楽を楽しめたことを感謝します、というような挨拶をした。銀ぶちの眼鏡の下に優しい目が微笑んでいて、その訥々とした口調には、何か人を酔わせるような独特の調子がこもっている。立ちかけた人々のいくらかはそれに引き留められて、再び腰をおろした。

 彼の口から、神、ということばが出た時、うかつにも、私ははじめてこのコンサートがあるキリスト教団体の主催するものであるということに気が付いた。しかしその時には既に、私の心の空虚な部分に彼のことばのいくつかが着床していた。気がつくと舞台には、それまで演奏した者が全員、頭を垂れて整列している。そのうちの何人かは、ギターをもち、さざ波のようなトレモロで賛美歌のような曲を奏でていた。マイクを通して、奇妙に明瞭なその牧師らしい男の語りかけに、トレモロの神々しい旋律が重なって、会場全体に厳粛な空気が漂いはじめていた。

 牧師の男は、くりかえしくりかえし、何かを訴えていた。迷える者も神様はじっと見つめておられる、神の子となり、魂を救おうではないか、と静かに一人ひとりの魂に直接話しかける調子でくりかえしていた。

 私はいつしか緊張しはじめていた。頭の中がからからと回転し、何かを必死に考え抜こうとしているようであった。

 私は今日一日の出来事を思い返しながら、運命ということを考えていた。

 春の陽気に誘われて、ふと歩いてみようと思いつき、見知らぬ親子連れのあとについて竹薮に迷い込み、偶然出てきたこの公園で、このコンサートに遭遇した。様々の偶然の積み重ねの、無数の分岐点をのりこえて、いまここにたどりついたのは、やはり運命によるものではないのか。何かに導かれて、ここにやってきたのではないのか。私はそのことを大切にしようと思いはじめていた。しかし、私を導いた何かが、神、であると結論づけるにまだ抵抗があった。

 トレモロの旋律に乗ったマイクの声が語りかけていた。一切を捨てて、我々と共に神の子となりませんか。我々の仲間になりませんか。

 舞台に整列した人々の目が優しく微笑みかけていた。そのたくさんの目がみんな私一人に向けられているように思われた。この広い、夕映えの音楽堂の他の観客全ての姿が消え、自分一人だけが、優しい手をさしのべる人々と向かい合っているような気がした。

 いま、すぐさま立ち上って、そのまま前に歩み出ればいいのだ。私の心の中にそんな囁きが聞こえた。そうすれば彼らはおまえを暖かく迎えてくれ、その瞬間から、おまえは善意にみちた、暖かい、なごやかな世界の一員となれるのだ。

 しかし私は、神、というものにこだわっていた。いくら向こうに何の苦しみもない世界が開けているとしても、そこに至るには、神、という関門をくぐらなければならないのではないか。彼らがいかに仲間同士、暖かい愛のころもで包みあっているとしても、その仲間とは、神、を信じるということを共有する者に限られているのではないか。神、を信じない者に対しては、彼らは平気で苛酷な仕打ちをして、少しも自らの良心に恥じないのではないか。いくら私が、暖かい友を求めて彼らの中に入ったとしても、私は結局は、神、を信じることは出来ないであろうし、ましてや、その後、他人に対して、神、を信じよ、と説得することなど、私にはとても耐えられないことだ。

 いや、全てそう先回りして考えて、結局何も出来ないのがおまえの一番悪いところなのだ。おまえは冷静になって、神、の存在を考えようとしている。しかし、神、が存在するか、しないかはいくら考えても駄目なのだ。まず第一に信じることから、全てははじまる。神、というものを信じてみることによって、はじめてそこに、いままで思いもよらなかった世界が開けてくるのだ。もちろん、その世界は、絵に描いたような、至福にみちたものではないかもしれない。しかしそれは、おまえがこれまで知らなかった、しかし、それ以前からずっとこの地上に確固として存在している世界なのだ。でもそれにしても、おまえはこれまでに、神、以外のものでも、何かを信じようとしたことがあったのか。あるものに自分の全てを託し、自分を捨てようとしたことがあったのか。傲慢で、欲深く、気の多い自分を全く空しくしようとしたことがこれまでにあったのか。

 いくらか物悲しささえ感じる旋律に乗ってマイクの声が語りかけていた。いま、あなたの心は神の声を聴き、大いに迷い苦しんでいることかもしれません。しかし、いまあなたの前に、あなたのすぐ前に、神はおわすのです。あなたに救いの手をさしのべて、あなたにまたとない機会を与え給うて、神は、いま、あなたのすぐ目の前まで来ておられるのです。

 私は頭の中が火のように燃えているのを感じた。真赤な夕陽を浴び、マイクをもって私に語りかけている牧師、舞台に並んで私に微笑みかけている人々、その彼らの背後にぼおっと明るい後光がさしているように思われた。そしていま、熱しきった私の頭の上にもぽっかりと光輪が浮んでいるように感じた。

 いまこそ行かねばならない。私はすっかり追いつめられたような気分に陥り、熱に浮かされた頭の中でそうつぶやきつつ、ゆっくりと腰を浮かしかけた。

 と、その時のことだった。私の視界の隅で、何か黒いものがうごめいた。私の何列か前に坐っていた学生服姿がすっと立ち上がったのだ。それは坊主頭の中学生らしい少年であった。彼は立ち上がると、そのまま小走りに、一目散に、牧師の男の前に進み出た。そしてその前に立って、深く頭を垂れた。

 いまにも立ちかけた私のからだは、その時、石膏で塗り固められたように動かなくなった。思わぬ機先を制せられた感じであった。私は大きく息を吐いた。息を吐いて、からだの力が抜けていくにつれて、それまで絶頂にまで高まっていた私の決意が、みるみる崩れていくのが手にとるようにわかった。

 坊主頭の少年によって、それまでいっぱいに張りつめていた空気のどこかが破られ、ひきつづいて、二、三人の若者が前に進み出て、少年と並んで頭を垂れた。牧師の男はマイクから手を離した。もの憂いトレモロの旋律だけが会場に流れていた。彼は、前に並んだ一人一人の肩に手をやり、そして胸で十字を切った。それから少年たちはそろそろと舞台に上がり、整列の端に加わった。横にいた西洋人の青年が彼らに何かことばをかけた。すると泣きべそをかいたような彼らの顔が一斉に恥かしそうにほころんだ。

 私はその光景を、まるで観客席にいるように見つめていた。私の中に吹き荒れた嵐は、いつのまにか嘘のようにどこかへ消え去っていた。再び、マイクの声が語りかけはじめた。しかしそのことばは、空しく私の心の砂漠を通り抜けていくだけだった。あそこには、自分の思っているような世界は到底ありえないのだ、と私はかすかに確信しはじめていた。また一人二人、よろよろと進み出て、牧師の男の前にひざまづく姿を背に、私は静かにその場を離れた。

 再び石段を上り、そして下りて、さわさわと木の葉のなびく下を歩きながら、私は小声でつぶやいてみた。

 やはり、おまえは出来なかったのか。

 私はそのすぐあとに、後悔の念と、強い挫折感が追いついてくるのを待った。しかしどうしたことか、それはいつまでたっても、やってこなかった。私は深い疲れを感じた。

 芝生の広場は、潮が引いたように人の姿が消え、強くなった風に紙屑があちらこちらで舞っていた。もうすっかり傾いた太陽を背にした私の前に、長い長い影が伸びて、その先に、丸い小さい頭が揺れていた。

 これが自分か。

 私は思わず溜め息をもらした。そしてその長い長い自分の影を引きずりながら、つい先程の、不思議な体験をなつかしげに思い浮かべながら、公園の出口の方へと向かっていった。


(初出誌:「樹海」第7号 1979年10月)



同人誌「樹海」については、『幻想の世界制覇』巻末の「自註」をご参照ください。